ウェブページ

2019年9月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

自己紹介

2013年7月20日 (土)

紋仙麻生ってこんな人(軽い版・超宣伝用♫)

10年近く、成功するための秘訣や起業するための秘訣を勉強し続けてきました
大学時に在籍した演劇部で、役者のプロが使う会話練習法を学んで、しゃべり下手やひとみしりを克服
また、演劇部は、小さな会社のようなものだったので、組織のはたらきを学びました。
 
また、ADDやADHDという症状について書かれた「片付けられない人のための仕事の本 リン・ワイス」と男と女の違いを書いた「地図の読めない女 話を聞かない男」という2冊の本によって、人と自分の違いや、「できない」は、「なぜ、できないのか」を知り、自分の脳のくせに対する方法を学びました。
演劇部で基礎を学び、百貨店で長年勤めて磨き上げてきた会話術
能力も金もコネも愛情も何もない自分に向き合い、いろんな問題に対処してきた問題解決能力
成功するために読んできた読書による知識
を使って、あなたの思考訓練を助けます
 
自分に今まで言い聞かせてきた言葉は、
「できない人間の方がいい先生になれる」
です。
できる人は、できない人の思考回路が分かりません
それに気づいたときに、自分ができないことを受け入れることができました。
できなくてもいいんです
できるようになったとき、例え、できなかったとしても、たくさんの失敗は、他人を理解する力になります。
できる人や、ずっと幸せな人は、どうしても理解できないから、できない人間から見ると傲慢に見えます。
仕方ないです
だってお互いが分からないんだもん。
「お互い様」
そこを受け入れるようになれば大人かなと思うのです。
私は、何もできない人間でした。
だから、たくさん失敗して、いろんな人に迷惑をかけて、たくさん助けてもらいました。
ぜひ、私に恩返しをさせてください。
メールをお待ちしています。

紋仙麻生ってこんな人(重い版)

私の黒歴史をば

暗いぞ~
心してお読みください
四国温泉市に産まれる(←これは、例えです。さてどこでしょう)
毒親の元、毎日、自殺することを考えながら過ごす
子供の頃の頭の中は、
自殺したい
読書
お話を考える
で埋まってました
小学6年で弟産まれる
弟を溺愛
親が弟を放置して出かける
…私が面倒を見ることに
親はおむつの替え方ひとつ教えないまま、遊びに行きました
首も座らない頃から私が面倒みた割によく弟は生きていたと思います
 
育児漫画を読みまくり、子育てを勉強
さらに、育児カレンダー熟読
弟がサイコロを飲み込んだとき、逆さにして、お尻を叩いて、吐き出させるところまで成長
 
中学生で少し、人としゃべれるようになったものの、私の頭の中は育児ばかりで、周りと話が合わなかったです
 
高校2年で、親が家賃滞納をしすぎて、追い出され、児童養護施設に行きました
まあ、孤児院みたいなもんです
現代は、両親がどちらとも死んでしまうような完全孤児になる子は少ないので、ほとんどの子供に親がいます
施設に入ってすぐ、法律が変わり、施設に在籍したまま大学にいけるようになったので、大学へ進学
それまでは、進学したとしても18歳で必ず施設を出ないといけなかったので、とても助かりました
 
施設から進学した人は、当時全国で10人ぐらいだったそうです
保母先生から聞いた話なので確かではありません
 
頭の中が、完全文系なのに、理系の大学へ進学
速攻ついていけなくなったことと、人間関係が作れなかったことで嫌になって引きこもりを起こす
1年留年しましたが、先生のおかげでなんとか卒業できました
百貨店で宝石売って、しばらく生計を立てていましたが、2011年上京
2年で2回転職
心屋さんを本格的に学んで自分の人生を生きることを決める
現在に至る
 
何もないところから、這い上がるような人生を送ってきました
ですから、いろんな角度から提案ができると思います

2006年11月 2日 (木)

小説家

私は、中学のとき、小説家になることを決めた

当時、未来への漠然とした不安があり、

未来を作るなら、今から準備しないとというあせりがあった

同じ歳のキンキキッズのデビューがいっそうあせりを生んだ

初めて書いた小説は、登場人物が、二人しかいなかった。

私の課題は、キャラクターづくりと、視野を広げることだと知った。

その小説を読ませた友達は、

赤川次郎先生の小説を読み、

小説家に必要なのは、社会経験と、古典文学を吸収することなのだと気づいた

だから、

25までは、普通に社会人として生き、

25を超えてから、小説家になろう

と決めた

25を超えると、ストーリーを作る脳は育てられないそうだ(手塚治虫談)

今は、27歳で、どうやっても、小説で食べていけるようになるには、

30を超える

無料ブログはココログ