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ネタ日記

2018年3月31日 (土)

失望

夜中に誰も捕まえられないので
愚痴を書く。
 
そして、ちょっと頭を整理したい。


(身バレを防ぐため、
特定されそうな言葉は
★や・をつけています)


小★説の通★信★講★座を受けた。

「なぜ受けたのか」というと
小説を書く事が行き詰まったこと。

「基本テクニックができてないと
最後まで読んでもらえない」などの
コワイ情報を得たこと。

以前ご縁があって、
元編集さんに小説を
見てもらったとき
かなりいいアドバイスを
いただいたこと。

否定されることへの恐怖が
和らいだこと。

そういったことが重なって、
「一度、ちゃんとした人に
見てもらおう」と思った。

有名な元編集さんが
担当している
通★信講★座を選んだ。

かなりの高額だったが
清水から飛び降りるような気分で
お金を吐き出し、
楽しみにして待っていた。

ほどなくして届いたのは、
薄い冊子6冊を中心にした
教材だった。

私は、困った。

この教材と、実際に提出する
ワークが、
とにかく意味不明だったのだ。

教材ははっきり言って、
ネットトップに出て来る
まとめ記事の方が
断然分かりやすかった。

細かくは書けないが、
とにかく、
教材の説明と最後に出題された
提出ワークの趣旨が
合ってないとしか思えない。

何を提出させたいのか
よく分からない。
講師が何を見たいのか
よく分からない。
もう、何が分からないのかも
分からない。

自分の読解力の問題だ、
と思った。

ここまで分からないときは
誰に何を聞いても
入ってこないことを
今までの人生で嫌というほど
思い知っていた私は、
途方に暮れた。

とりあえず、
小説を送ってみた。

分からないまま送ったので、
「分からない」と
添削されて戻ってきた。

当たり前である。
分かってても泣きたくなる。

送って添削をみれば、
趣旨が分かると思ったが、
さらに意味不明になった。

分からなくてもどかしいし、
悲しくて、気落ちして、
二回目を送れなくなった。

しばらくたって、
お金がもったいないし、
やっぱり
二回目を送ろうとしたが、
何を送っていいか分からない。

友達に愚痴ってみたら、
だんだんヒートアップして
一体何が分からないのか
明確になってきた。

何度も何度も推敲して、
講座の事務担当に疑問を
直接ぶつけてみた。

残念なことに疑問自体が
全く理解されなかった。

唯一理解されたのは、
「教材がまるで、
元編集である自分の自慢話を
延々聞かされているような
気分になってしまうんです」
と余計な一言だけだった。

私が分かって欲しかったのは
そこじゃない。
「何を提出させたいのか」
ということである。

もう一度、何度も何度も
推敲した質問分をメールで
まとめて送った。

たくさんの例を上げ、
とにかく、分からないということを
たくさんの角度で説明したつもりだった。

そして、今日、
その返事が来た。

答えは、
「とにかくやれ」
ということを
長々と書いた説明文だった。

様々な質問の答えは、
「やって、アドバイスを見てから
文句を言え」
ということでまとめられていた。

「何をやらせたいのか分からない」と
いう質問に対し、
「あなたは、何を求めて
この講座に申し込んだのですか?」
というまさかの質問返しがきた。

その求めてたものと
違ってたから質問したのだが。

そして、致命的だったことは、
2回目の講評だった。
小説のテーマを
根本的に勘違いした
アドバイスだったのだ。

もう限界だった。

私の表現が
つたないのかもしれないが
それ以前に、
(この編集と私、合わない)
としか思えない。

最初、通・信にしたことが
失敗だったのだ、と思っていた。
リアルで会える
小・説・講・座にすれば、
こんな行き違いなんて
産まなかったに違いないと。

 
そうではなかった。

一番認めたくなかったことだが、
私は先生にする相手を間違えた。


本屋へ行き、小・説・講・座の本を
確認してその思いは強くなった。

小説家が担当している
小・説★講・座を選ぶべきだったのだ。

はっきり言って、
私が受けたこの講座で
得られるものというのは、
編集とのやりとりの
体験がメインであり、
小説の力を
つけることではなかった。
小説の力をつけることは
二次的なことなのだ。

確かに、募集広告にも書いてある。
「編集者にみてもらえる体験ができます」
と。

私は、生徒としてこの講座に参加した。
自分はお客さんだと思っていた。
しかし、この講師は、
私のことをプロとして扱った。
プロ体験。
それが、この講座のウリなのだ。

そして、私は、薄々分かっていながら、
「まさかそんなことはない」
と否定していたから、
理解を拒否したのだ。
 
お金払ったんだから、
生徒なんだから、
お客さんなんだから、
このプログラムを受けたら
小説に必要な
一通り最低限のことを
身につけた気になれる。
ちゃんとやれば、
そんな満足感をえられる
プログラムになっている。
なんて思っていた。
そこが間違いだったのだ。

そして、その勘違いが
腑に落ちたとき、
やっと、課題の意味が分かった。
「見てやるから持ってこい」
以上でも以下でもない。
編集に見て欲しいものを
持っていけばいい。
 
練習して向上させる
プログラムではないんだから。
この課題でテーマが練習できると
思えない…私の読み違いか?
なんて私が深読みしすぎたのだ。
私にはまだ早かった。
 
しかも、この編集とは
(全く合わない)
としか思えない。
 
これから、小・説・講・座を
受けたい方は、
その講師の書籍を読んでから
申し込むことを
オススメする。
 
ぶっちゃけ、信用のおける
読書好きのやさしい友達に
読んでもらって、
添削していく方が
心も丈夫になるし、身にもなる。
今は投稿できるところも
いっぱいある。
技術よりセールス力である。
心を丈夫にして、
独自性を出すことを恐れない
自信を作る方が
売れる本になる。
 
毎日自信を持って小説に
向かうことができ、
安定して作品を出す癖が
ついてない人は
小・説・講・座はギャンブルである。
 
小・説・講・座も結構増えたから
安定した品質があると思っていた。
同じようなもんだと思っていた。
全然違ってた。
こんなにギャンブルだなんて
思わなかった。
 
こんなマイナーなブログで
いろいろ小細工しての
投稿であるから
本当に必要な人には
届かないかもしれないが、
私と同じように小・説へ夢を
持つ人の救いになればと
思い、この文を送る。

2013年9月 8日 (日)

ちょっとした小話(2012.10.27の日記)

駅のホーム降りたら、5センチぐらいのGさんがいたのです。
人の足の間をうろうろするGさん
騒ぐ人もいなければ、気づかれることもないGさん
20代の女の子がまたいでいきました
20代のおしゃれ気な男の子がガッツリ踏んで後ろ足の上がった瞬間、
靴底から飛んで放物線を描いて地面へ
完全に半分つぶれておりました
東京こええ
何が怖いって、たぶんまたいだ女の子も潰した本人も気づいていないところです!!!
どこまで自分しか興味がないんだ!東京人!
東京の女の子が、Gを怖いというのは、絶対うそです
みんな騙されないで!

2007年7月11日 (水)

ドアを開けると…(ノンフィクション)

ぐるっポー
台所のど真ん中で鳩が出迎えてくれました

…今は去ること4年前、疲れてバイトから帰った昼下がりのことです
当時も今も、マンションの最上階に住む私は、ベランダ側の窓を開けて外出します
網戸を閉めておかなかったのが敗因でした

こんな、ネタ人生もういやだー
半泣きになりながら、覚悟を決めて、鳩を追いたてます
積み上げていたチラシやDMの中から冊子タイプのものを丸めて、鳩に振り上げ…ああ、やっぱり閉めてなかった押入れに入りやがった!
しかも天井側の狭いほうに入りやがった
しゃれにならん!
早く出ろ!
窓はこっちなんだよ!

数分後

ああ、やっと出て行ったー

と思ってまわりを見回すと、
鳥の糞

私がつけたふすまの穴が残ってました


あともう少しでこの家ともお別れです

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